こじんてきしゅかん

育児、教育、ゲームなど日々を雑多に、へー、ふーん、くすっ、とするようなブログを目指しています。

子どもに「信じている」と普通のイメージを投げつける親がいる

 

普通に考えられないこと。

 

そう思うのは自分が考える普通。

世間一般の多数派かもしれませんが

少数派の中で分かれた多数派なら

それはどうなのでしょう?

 

男のくせにー

女のくせにー

若者はー

年寄りはー

親のくせにー

子のくせにー

 

それは反面教師なのか

それは復讐なのか

 

自分だけしか分からないのです。

 

 

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もくじ

 

 

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正しいと思うイメージ

 

どこで見た?

そう言われても分かりません。

 

例えば、

無事に出産して病室で過ごすママ。

 

家族や友人が訪れ祝福する。

何と微笑ましいシーンでしょうか。

 

ママさんから見ると迷惑千万では?

 

 

お義父さん・お義母さんはまだしも

親戚とかの相手は極力したくない。

自宅に帰ってからはいいだろうと、

友人を呼ぼうとしましたが

奥さんから遠慮して欲しいと言われました。

 

よく考えれば、

ボロボロになっている姿・精神で

人とにこやかに話せるわけがない。

 

ドラマとかで見る

スマートな出産でもなく

掻い摘んで美化されたイメージが

自分の中にありました。

 

知り合いに祝福してもらう

赤ちゃんがいる生活リズムを作る

お七夜・お宮参り・お食い初めなどのイベント

 

と言われていましたが、

子どもたち3人ともイベントは無視。

できる状態ではありません。

 

自分たちはしたからそれが普通

 

奥さんのことを考えると

無理してでもした方が良いのだろうか?

 

うちは普通で無くなりましたが、

安心した生活を送ることができました。

 

 

 

 

 

できるイメージ

 

簡単だからー

普通なら、それと同じですね。

 

 

tanonobu.hatenablog.com

 

 

子どもの時に虐げられていたか、

そうでないかは置いておきます。

 

 

普通の感覚であれば、

3歳にお留守番は無理。

それが数分であろうと

ひとりにすることが心配だからです。

 

話が通じないというか変に自信がある人

 

 

聞けばこう言うかもしれません。

 

自分も3歳の時に

ひとりで留守番をしていたから。

 

きっとできる。優秀だもの。

自分の子どもだからできるはず。

きっと助けてくれる―。

 

 

自己評価が低い自分を装い

相手に押しつけがましくする言動。

 

裏を返せば、

こんなこともできないの?

と見下しているのでしょう。

 

虐げられたかそうでないかは問題ではありません。

 

 

心に刻まれたイメージ、

両親はそうだった

自分もそうだった

誰かがそうだった

 

そこでは、

その家では普通のこと。

 

何も起こるはずがない、

こんなに準備している。

私は考えている。

この前も大丈夫だった。

きっと大丈夫。

 

 

テストで1問間違えて90点。

普通かもしれません。

 

しかし、

その間違った問題が

どうして命を奪うほどだったのか

理解していないと思います。

 

 

 

 

 

共有するイメージ

 

目の前にある問題はできること前提。

 

誰かの成功例に沿って

記憶の改ざんが行われます。

 

それは信頼している、

とは少し違った感情ではないでしょうか。

 

 

英才教育の類かもしれませんが、

生後2か月くらいの

赤ちゃんを連れた夫婦が動物園に来ています。

 

それを見てどう思いますか?

 

 

どんな季節・天候・体調であろうと

お宮参りをする。

代々のことだから。

 

 

やってきたことと

できることの境目が曖昧になっています。

 

自分がお留守番をしたのは5歳。

近所のおばちゃんもいた。

 

今と昔は違うし、

もうすぐ4歳だから1年くらい同じだろう。

 

だってこの子は頭が良いからー

 

 

良い風にイメージすることは大切です。

それが本当に良い結果に繋がることもあるでしょう。

 

ただ、

それが普通のことだったにしても

その範囲外で求めることであれば

できなかったら仕方ない

では済まないこともあるのです。

 

窓の鍵を開けるはずがない

お昼寝から起きないうちに

 

信じることも必要ですし、

経験に裏打ちされたこともあるでしょう。

たら、れば、を言い始めるときりがありません。

 

 

そんな両親であるはずなのに

取り返しのつくことと

取り返しのつかないことの

判断ができていないのが

一番の問題なのでないかと思います。

 

 

 

 

 

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