こじんてきしゅかん

育児、教育、ゲームなど日々を雑多に、へー、ふーん、くすっ、とするようなブログを目指しています。

共感性羞恥がいじめや不登校に繋がるとこじつけた

 

共感性羞恥

 

についての記事を読みました。

 

要は、

自分も失敗したらどうしよう

増長する不安に対処できない様。

 

成長と共に心をコントロールできるようになる。かもしれない。

 

 

聞きなれない言葉でしたが、

感情の共有という意味ならば

うちの子どもたちを見る限り

(少し意味合いが違ってきますが)

不登校などの原因になり得ると思います。

 

 

 

tanonobu.hatenablog.com

 

 

 

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自分は関係ない、

そう思える子は良いのですが

気づかないうちに深く考える子は

精神的な恐怖を感じやすい。

 

友だち同士の喧嘩を見る。

先生から怒られる児童を見る

 

自分には関係なくても

何か少しでも関連性があると

次は自分が標的になるかもしれない。

そのことで頭がいっぱいになってしまいます。

本人はこじつけに思っていません。

 

 

直接手を出されるのはもちろん、

手をあげられると顔を隠したりする動作、

それに似ていると思います。

 

 

子どもたちが

出会った先生だけかもしれませんが、

良くも悪くも比較する先生ばかりでした。

 

〇〇君も話しているから長男君も話そう

 

〇〇君も外で遊んでるから長男君も外へ行こう

 

〇〇君が怒られるのは

〇〇ちゃんの物を取ったから

仲良くしない子は怒ります。

 

 

もともと自己評価が低いのに

誰かと比較されることによって更に低下してしまう。

 

怒る基準は先生の自己判断。

 

話さなければ

外で遊ばなければ

友だちと仲良くしなければ、

〇〇君のように怒られる。

でも自分にはできない。

 

そして友だちからも

どうしてできないのか問い詰められる。

 

先生に怒られる=悪いこと

 

先生の言うことを聞かないのは悪いこと。

話さないのは悪いこと

 

極端な話だと思いますか?

 

 

あらゆる要因があったでしょう。

原因は分かりませんが

長男が幼稚園で場面緘黙(かんもく)と

気づいたのは確かですし、

(私怨で盛っているかもしれませんが)

担任の先生はろくでもなかったと思います。

 

小学校1年の怒る担任が嫌で 

不登校気味になった次女。

 

 

 

いわゆる感情移入というのは、

相手の気持ちを考える子

ではなく、

相手の気持ちになりきる子

でもなく、

どうして相手はそう(怒る)なのだろう

と考え込み、

どうして自分はできないのだろう

とふさぎ込むこと。

悪く言えば、

(認められたいわけではなく)

良いように見られたい、

それに限ると思います。

 

本人が共感を求めているのでははなく、

相手が共感を強要していることを感じ取っているのです。

 

 

 

 

 

兄弟がいる家庭、

親が下の子に宿題をしなさいと怒ります。

それを見た上の子は、

 

1.気にしない

2.下の子を煽る

3.下の子を慰める

4.自分も宿題する

5.親をなだめる

 

上の子に飛び火して

言い訳するのは置いとくとして

こんなところでしょうか。

 

 

私的な経験談ですが、

 

 

気にしない子は自分の考えを

持っているのではないかと思います。

事なかれ主義に見えて意外と優しい一面もある。

 

 

下の子を煽るのは、

自分もそういう立場なのか

誰かを見てそうしたかったのか。

うちだけでふざけているだけなら

要注意と思いますがなかなか計算高いと思います。

 

 

下の子を慰めるのも

自分が怒られた時を思ったり

相手のことを考えていることでしょう。

ですが、

優しさが優位に立てる手段と

思わせないようにした方が良いと思います。

 

 

自分も宿題をするのは

少し消極的な考えなのでしょう。

褒められたいのではなく

ただ矛先を向けて欲しくないだけ。

 

 

親をなだめるのは

夫婦の関係はいかがでしょう。

親の言動を汲み取るので

ストレスがたまりやすいと思います。

 

 

ちなみに長男が当てはまるのは1~5全て。

 

 

長年見ていると、

その日なにがあったかによって

家に帰ってからの

親・姉妹の対応・会話

寝つき・就寝時の寝言・寝相

 

一番リラックスできる場所(自宅)

無意識化による精神の解放(就寝時)

 

誰とでも仲良く、

子どもの頃によく言われていますが

結局それは綺麗ごとでしょう。

 

揉めている現場を見てしまうと

それを見るのが嫌になって

どうにかしたいけどどうにもできない。

 

共感性羞恥とは微妙かもしれませんが

強い思い込みで自分の殻に閉じこもり

折り合いをつけることを放棄してしまうと

 

その場に行きたくなくなったり

何も言えなくなったりする

 

そういった危険性があるのだろう、

そう感じています。

 

 

 

 

よく忘れ物をする子がいます。

うちの子たちもよく連絡帳に

忘れ物をし過ぎと書かれたことがあります。

 

おっちょこちょいや忘れやすい

そう片付けてしまいがちですが、

 

(帰宅してまで)学校のことを考えたくない

 

そんな考え方もあります。

家に帰って安心すれば

何かと考えたくないこともあるでしょう。

 

 

基本、うちでは学校のことを聞きません。

テストも自分から見せなければ見ません。

 

言いたくないこと

見せたくないもの

色々事情があるでしょう。

 

(いじめなど限度もありますが)

やはり長女のいじめの件、

長男の緘黙(かんもく)の件、

それがいじめに発展したし

色々問い詰めるのも逆効果と感じました。

 

次女にもいじめはありましたし

やはり学校へ行く限り

望まないこととは切っても切り離せません。

それを学ぶために行くというのもおかしな話ですが。

 

いじめる側はグループを作る

それが共感なのかは置いておきますが

やはりいじめられることを考えるからと思います。

 

 

そういった点では

折り合いのつけ方が下手と感じますが

その不器用さも思い込みの部類かもしれなく

それをコントロールできるようになることが

成長と呼ぶのであれば親が望むようになるまで

待たなければならないのでしょう。

 

 

一般論として、

子どもに我慢させない

親が子どもの不安などを吐き出させてあげる

 

ですが、

吐き出せない子はどうするの?

吐き出させることができないのは親のせいなの?

 

 

一般論を比較して

何かにつけて家庭のせいだと

決めつける人もいます。

 

意思が無ければ自分の一般論を押し付ける

感情移入する子など論外で普通を押し付ける

 

だから家で何とかしろ

 

散々言われてきましたが、

こういった新たな言葉(病気)が

知られるようになれば

また肩身が狭くなるような気がしてなりません。

 

共感する者同士で

区別(分類)されるのは良いことなのでしょう。

きっと。

 

 

 

 

共感の時代へ?動物行動学が教えてくれること

 

 

 

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

 

 

 

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