こじんてきしゅかん

育児、教育、ゲームなど日々を雑多に、へー、ふーん、くすっ、とするようなブログを目指しています。

人格者への道

 

いわゆる人格者と呼ばれる人たちは

自分よりも何かしらの地位が高いと思われます。

 

その人を目指したり

その人の下についたり

 

少しでもその人に近づこうとする人もいるでしょう。

 

 

 

結局のところ、

 

勉強ができるから

スポーツができるから

上司だから

異性だから

 

そんな憧れとも少し違う誰か。

(宗教的な話ではなく)

自分のメリットを考えて、寄る、ということなのでしょう。

 

 

 

 

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自分からアピールする。

見込みがあると判断される。

ある程度仲良くなる。

 

その人格者が言いました。

無人島(プライベートビーチ)に来ないか?」

 

豪華客船のチケットもらい

ワクワクして遊びに行きます。

 

いざ島に着いて下船しようと思うと

スタッフに引き留められてしまいました。

 

「島の生態系を守るために荷物は持ち込みできません」

 

考えましたが

わざわざここまで来たし楽しみしていた。

最低限の着替えなどは持ち込み可能。

そのほかを置いて行くことにしました。

 

その後、

人格者たちと盛大なパーティーが行われ

至れり尽くせりのもてなしを受けました。

 

 

次の日から自由行動。

また会える機会があるかもしれませんが

それまでは島で待機しなければなりませんし

ご飯も宿泊場所も自費で探さなければなりません。

 

そもそも、

次の船がいつ来るのか

その船の乗船費用も不明です。

 

 

後先考えなかった自分が悪いと

そこで浪費しながら回答を待つ。

もしくは誰かに援助してもらう。

 

むしろそこで暮らせば

幸せになるかもしれない。

そもそも大した生活をしていなかった。

全てを捨ててここでやり直すのもいいはず。 

 

 

スマホで誰かに連絡すればいい。

(持っているならな)

 

 

どうして密室殺人がー

(合鍵持っていたんだろ)

 

 

結局のところ、

物事を難しく考えているのは誰か?

物事を難しく考えさせているのは誰か?

 

ここに来ている以上、

(人格者に)興味があることは明白。

 制限された意識下で踊らされているだけ。

 

自分で考えて行動しているのではなく

ただ単に動かされているだけなのです。

それがそこで暮らすためのルールなのですから。 

 

 

 

 

人格者と呼ばれる人は

自分以外は平等でなく並列として扱い

物事をシンプルに考えている傾向がないでしょうか。

 

 

人格者 「このみかん美味しいね」と言う。

 

並列者たち

「美味しいです」

から続く言葉があるはず。

「どうしたらこんなに美味しいみかんが手に入りますか?」

 

「こんな味が美味しいというのですか?」

 

 

ほかの並列者たち

「これはみかんじゃない、ポンカンだ!」

「違うこれはデコポンだ!」

「いやいやこれはサマーオレンジだ!」

 

言う通り味も違うので

(味覚の差もありますが)

美味しいでは片づけれられません。

 

実は、 

人格者がみかんが(酸っぱくて)美味しいと言っています。

 

(自分には酸っぱいと思っていても)

美味しいですね、と返す。 

みかん=甘い が美味しいの基準。

そう思っていれば

酸っぱい=美味しい

そう勘違いする人もいるでしょう。

 

そう学んだ(わけでもないが)人は

近しい人に言うでしょう。

酸っぱいみかんが美味しい。

どうして分からないんだ。

(人格者が言っているのに)

 

人格者が酸っぱいみかんが美味しいと言った。

 

みかんの種類も味も聞いていないので

真相のほどは分かりません。

 

しかし、

自分は人格者と一緒にみかんを食べた。

写真でも見せられたら納得する人もいるでしょう。

 

 

そうして、

自分は知っている。

自分も知っている。

 

見た見た見た見た見た・・・

 

並列で結ばれた関係は希薄ですが

情報を共有する仲ではあります。

 

 

会社の中と外では一人称が違うようなもの。

 

 

その信憑性を醸し出し誇示する。

使い分けができていれば

その人は(その近しい人の中で)人格者になれるのでしょう。

 

 

頭がいい(と思っている)人なら

頭が悪い人格者の傍にいれば

半分しか爪を見せなくてもやっていけるわけです。

 

それでも人格者への道を進むならば

それは「何かしら」の取合いを覚悟して

自分を築き上げ並列社会を望むのでしょう。

 

それは一般社会からそれているのではなく

道だと思っているところを進んでいるだけ。

誰かが通った所が道となっているだけなのです。

 

 

 

 

 

 

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