こじんてきしゅかん

育児、教育、ゲームなど日々を雑多に、へー、ふーん、くすっ、とするようなブログを目指しています。

夫婦喧嘩の度にイライラするならお互いがずる賢くなればいい。

 

このようなブログを読んだ。

夫婦の核心である闇を突かれたようでドキッとした。

 

 

ponnsuke.hatenablog.com

 

 

自分はマスクをしていないが

周りがマスクをしているからいいだろう

 

自分はマスクをしているのに

どうしてあなたはマスクをしていない

 

購入・制作などの労力も含まれる

 

そこにはそれぞれのプライド

パーソナルスペースを死守したいと願う心が見え隠れ。

 

  

話し合いで結論を出すことも可能だが

しこりが残ることがあるかもしれない。

 

多くの事柄について結論が出ても

実行できるとは限らないので

決まり事を盾にすると余計に疲れてしまう。

 

夫婦の能力が同等であれば

イコールになるかもしれないが

気持ちの問題にも左右される。

そう考えれば妥協点を見つけるほうが良いのだろう。

 

 

 

 

 

もくじ

 

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100%の事柄はあり得るのか?

 

今日の降水確率は100%

 

必ず雨が降る。

絶対的な事柄が100%なのだろう。

 

24時間、雨がいつ降っても100%

24時間、雨降り続いたら100%

 

どちらの解釈で考えているだろうか?

 

 

降水確率(こうすいかくりつ)とは、特定の地域で、特定の時間帯内に降水がある確率をいう。天気予報の中では、確率予報の一種に位置づけられる。

 

降水確率WIKIより引用

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%8D%E6%B0%B4%E7%A2%BA%E7%8E%87

 

 

だそうだ。

当たり前だが我々に聞くまでもない。

そう、

話し合う必要が無いからだ。

 

 

もう少しかみ砕く。

 

洗濯物お願いー

 

そう言われてどうするだろうか?

うちでは、

 

洗濯物が裏なら表に返し

下着や靴下はネットに入れ

洗濯機を回し

洗濯物を干す

までが洗濯物お願い、だ。

 

恐らく洗濯機を回しただけでも洗濯した。

そう言えるかもしれない。

 

普段やらない方にとっては

それが100%なのだろう。

 

説明しないからー

 

 

双方のお願い事の割合は違う。

話し合いによって

歩み寄ることができれば良いが

できるのであればそれ以前に

自ずから考えて行動するはずだ。

 

 

更に問う。

この世の中に100%は存在するだろうか?

 

「あるはずがない」

 

その断定が100%。

物事は一方的に収まらないことが多い。

 

 

 

家族であるからルールは必要

 

同じ家に住む家族だからこそ

ルールは必要だと思う。

 

先ほどの洗濯の件、

最初に裏返す工程があるが

これは脱ぐときに直すだけで

洗濯の時の手間が省ける。

 

 

家族が増えるにつれ洗濯物も増える。

少しでも時短を考えれば

脱いだままを洗濯し干す。

仕方がない。

 

あるとき子どもが聞いてきた。

「着る時が面倒」

 

「脱いだまま洗濯すると楽」

ママ目線で話す。

 

何となく分かっているようだったが

お手伝いをお願いするようになって

完全に理解することとなる。

 

 

自分は変わらず相手が変わった

 

もちろんそのままで良い方もいる。

 

 

しかし食事ではどうだろう?

 

奥さんが焼く餃子、

フライパンで焼いている蒸し餃子。

まるで水餃子のようだ。

焼いているのに水餃子とはこれ如何に?

 

 

やはり餃子と言えばパリッとした焼餃子。

少し焦げたくらいがちょうど良い。

 

好みの問題ではある。

どうせなら自分が美味しいと思う餃子を食べたい。

 

以来、

会社から疲れて帰ろうが餃子は自分で焼いている。

 

相手は変わらず自分が変わった

(自分は変わらず相手が変わった)

 

食においてもどちらでも良い方もいるだろう。

 

どこにでもある話。

埋めれない溝もある。 

 

価値観が違うのは当たり前。

私的にはお互いの、

 

感謝の気持ちの隔たりが大きいのではないか

 

そう感じている。

 

相手のためを思っていても

相手に届くとは限らない。

 

 

あなたの為を思ってー

 

そう言う方は私的に、

感謝の念が薄い人だと思うので

積極的に付き合おうとは思わない。

 

特に自分にも相手にも変化を求めない。

話し合う必要もないだろう。

 

しかし家族であれば別だ。

 

お願いした事柄が

少しでもできるようになれば儲けもの。

妥協点を見つけるために話し合うのだろう。

 

しかし、

それをやり続けることになるだろうと難色を示す。

 

それぞれの事柄ができなければ

お互いがそれぞれを受け持てばいいだけ。

家族とはそういうものだろう。

 

 

 

お願い=任せる

 

後はお願いー

 

家でよく使う言葉だ。

 

 

子どもたちに言う 

「やかんを火にかけてるから後はお願い」

 

【訳】

ガスの火加減を見つつ

沸騰したら麦茶のパックを入れて

少し沸騰させてからガスを止めてやかんのふたをして

 

最初の頃はキチンと説明した。

これが、

「麦茶作っておいて」

 ではダメなのだ。

 

わたしも手を施した。

あなたも手を施して。

 

これが大切なのだろうと思う。

自分から見ても相手から見ても

変わっているようで変わっていない。

我が家の妥協ポイントだ。

 

 

奥さんが帰宅した自分に言う

「晩御飯は唐揚げだから」

 

【訳】

今からお風呂入ってくるから

1,2週目の揚げはよろしく。

(すべて揚げるのに5,6週)

 

 

できないことを言っても仕方ない。

もちろん段階は必要だ。

 

 

布団干すから入れてくれる?

 

ご飯作っておくからお風呂洗ってくれる?

 

 

お互いの妥協点は

意外と多いと思っている。

 

「嫌」

 

もちろん断られてしまったらそれまでだ。

 

今は仕方ない。

手を変え品を変え言い続ける。

 

後はお願いして良い?

 

言い続けて十数年以上経つ。

 

 

家族であるからこそ

もっと気楽に行けばいいと思う。

 

根底にあるのはとにかく怒りたくないこと。

 

 

とは言え、

どちらかがストレスを貯めるのもよろしくない。

 

強く出ることも大切だろう。

これまでも喧嘩して

言われて気づくことも多々あった。

振り返れば無駄な喧嘩が多かったのも確か。 

 

 

一緒にいるからこそ分かること。 

100%それぞれの割合を考え

少しずつお願い・妥協のポイントを

ずらしていってはどうだろうか。

 

 

 

 

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