こじんてきしゅかん

育児、教育、ゲームなど日々を雑多に、へー、ふーん、くすっ、とするようなブログを目指しています。

いつから小学校は精神修業の場となった?

 

とあるツイートを見てふと考えた。

 

頭が良い子はどんな子だろう。

 

テストで100点を取るのは当たり前。 

 

1を聞いて10を知る。

物事の理解が早い子は頭が良い。

 

しかし、

今の小学校はそれらに加え

 

場の空気を読める子

 =大人の言うことを聞く子

 

事情を汲み様々な思いが交錯している。

 

 

体を鍛えてからのかけっこ、

1番になれば嬉しいだろう。

 

しかし子どもたちが勉強した成果は

変な形で意欲がそがれていないだろうか?

 

そう、ふと考えた。

 

 

 

 

もくじ

 

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時間までも縛られるテスト 

 

 

 

 

ここまであからさまな先生ではなかったが 

子どもの学校公開で同じような場面を見た。

 

 

小学校1年のテスト。

1問20点で5問。

10分足らずで終わる児童たち。

ざわざわするのは仕方ない。

 

終わっていない人がいるから静かに。

 

連帯責任ではないが

誰かのためである。

残り30分以上背筋を伸ばして座っていられるか?

 

そのような苦行は

(精神も鍛えたいのだろうが)

悟りを開かせるための座禅と同じ。

 

今の学校は精神修業の場となっているようだ。

 

 

 

授業は静かに聞くもの

 

うちの子どもたちは

みんな内弁慶の外仏。

学校では口下手。

手を上げて発言することはない。

 

授業の質は置いておこう。

 

 

先生が教科書を読む。

問題を黒板に書こうとすれば

児童の誰かが答えを言う。

 

いや、叫ぶ。

連呼する。

 

正解だ。

 

先生はそうは言わない。

無視か静かにしようと声をかける。

 

 

発言した児童はどうだろう。

がっかりするだろうか?

 

注意した先生はどうだろう。

当たり前だと思うだろうか?

 

 

簡単な問題かもしれない。

授業は静かにするべき。

答えを言うのはマナー違反?

 

先に言っておくがやはり先生次第だ。

 

 

tanonobu.hatenablog.com

 

 

知識は競うものでは?

 

子どもの頃の自分も

テストはすぐ終わらせていた。

通信教育をしていたので

100点が多かったと思う。

 

それは

流行りと言うわけではなかったが

田舎の風景があった。

 

 

下校時刻、

校門で待つ通信教育のおばちゃん。

色々なおまけつきのパンフレットをもらった。

 

今で言うアフィリエイトだろう。

 

何種類も家に持って帰りせがむ。

他の家庭も同じだったのだろう。

そのせいもあり多くの通信教育の子どもがいた。

 

教科書準拠の問題。

先々まで進めることができる。

 

 

授業で同じところが出れば

待ってましたと誰もが反応する。

 

答えを叫ぶ。連呼する。

 

うるさいと先生が怒鳴る。

が、

じゃぁ先生の代わりに授業を頼む。

 

教壇に立ってチョークを握り

クラスメイトの前で授業をする。

 

楽しかった。

 

普段はその場で

答えや感想を言ったが

図鑑や辞書などに

載っていたことを含め

様々な話を披露できた授業が多かった。

 

昨今のいかにも人前で話す練習のためのスピーチ

 

それとは違う

知識を披露したい。

みんなに聞いてもらいたい。

そんな欲求があった。

 

 

 

テストが早く終われば

小学校低学年では

お絵かきや塗り絵が許された。

 

小学校高学年では

テストを提出してから

(静かに)図書室へ行ったり

(静かに)ほかの教科の課題をする

(静かに)寝てても良い

 

テストの点はどうあれ、

自分が納得したのであれば

早く終わったことを尊重し

自主性も尊重してくれた。

 

先生のさじ加減というわけでなく

昔の授業はそんな感じだったと思う。

田舎だからだろうか。

 

 

 

言われたことだけをする 

 

そんなことを思い出しながら

学校公開があれば

必ず1年生の先生たちを見に行く。

 

 

授業は静かに聞くもの。

お家で習ったでしょ。

 

保護者が見ている中で先生が言った。

 

 

まずは解き方(式)を

説明しなければならない。

手を上げて当てられたら発言すること。

 

そんなことまで教えるのは手間。

常識の範疇。

家庭で教えるだろう、普通は。

 

心の声が聞こえたようだった。

 

 

 

笑う方もいたが

大半は怒りマーク。

 

多分この先生は本気で言っていたと思う。

 

机の上に物を出すな

鉛筆を持つな 

騒ぐな

動くな

静かにしろ

 

言われたことだけをしろ

 

 

保護者は見ている。

 

まずは規律のことだ。

うちでしっかり教えておけ。

新入生だからと甘えるな。

学校は勉強するところだ。

 

そう言われているような授業。

 

 

 

年々求められる配慮

 

合理的配慮が叫ばれる中、

年々求められる配慮も変化している。

 

答えを発言した児童

 ・授業を聞いている児童に配慮 ←?

 ・授業をしている先生に配慮 ←new 

 

 

答えを発言した児童に対しては

(配慮が必要であったとしても)

どのような形であれ配慮が消えてしまう。

 

 

その場の雰囲気で決まる配慮

 

 

逆に配慮が必要な児童が

緘黙(かんもく)の子にちょっかいを出す。

 

それはもう配慮ではなく優遇。

頭のいい子もそうだ。

 

 

あなたの家の子だからと

言われればそれまでだが

贔屓は間違いなく存在する。 

 

クラスの雰囲気を作るのは先生。

だから先生に委ねるしかない。

 

 

頭のいい子はどんな子?

 

 

余計なことをすると手間がかかる。

その通りだ。

 

今も昔も変わらない授業。

テストの時間は

どれだけ早く終わろうと

終わってない児童に配慮しなければならない。

 

制限時間を設ければ

配慮が必要な子に配慮していないが

配慮が必要ない子に配慮できない

 

・・・

先生のさじ加減ひとつ。

 

 

見直しをする

何度も見直しをする

静かにする

瞑想する

我慢する

 

全てが授業であり教えである。

 

 

 

指針が変わったのか

先生の質が落ちたのか

 

その辺は全く分からないが

10年以上小学校を見て 

配慮と言う名の投げやりになっていると感じている。

 

 

ツイートの件、

児童は何の落ち度もない。

精神修業の場ではないのだから

気をそらす何か、

お絵かきでもいいし

テストの絵に塗り絵をさせる。

禁止する必要など全くない。

 

そもそも静かに注意すればいいだけの話。

 

これはもうただの嫌悪。

先生の好みの問題だ。

 

そんな態度をとる先生であれば

こちらだって同じ態度をとる。

 

 

うちの子たちにしても

先生からしてみれば扱いにくいかもしれない。

 

しかしそれは自分たち親の目から見ても同じこと。

 

納得できない出来事について

今の先生はそうなんだ。仕方ない。

そう感じたことは何度あっただろうか。

 

 

クラスの中で

一律の多数派を作る先生がいる。

 

かわいい我が教え子たち。

約束のー・・・

 

 

同じような先生は

どこにでもいると分かった。

 

 

 

 

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