こじんてきしゅかん

育児、教育、ゲームなど日々を雑多に、へー、ふーん、くすっ、とするようなブログを目指しています。

エクスクルーシブ教育システムをインクルーシブ教育システムに変えるにはあと10年必要だ。

 

inclusive.nise.go.jp

 

 

インクルーシブ

 

包含しているさま

 

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インクルーシブ教育システムの

たまご的な図。

AがBを(優しさで)包み込む。

 

しかし見方を変えるとAがBを

支配しているようにも見える。

そう考えると腑に落ちた。

 

 

包含とは

包み含んでいなければならない。

概念や思考など違う者同士が一緒になる。

 

 

ゆで卵なのか生卵なのか

イチゴ大福なのかただの大福なのか

梅干しなのかリンゴなのか

 

形容は分からないが

それは一つの「もの」として

成り立たなければならない。

 

 

 

 

もくじ

 

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エクスクルーシブ教育システム

 

エクスクルーシブ

 

排他的な

閉鎖的な

独占的な

専用の

 

今も昔も変わらない図。

C=はみ出し者

 

AがBを押し出してCができた。

BがAから逃げてCができた。

AがBをすり抜けてCができた。

 

 

A=できる子

B=普通の子

C=できない子

 

A=いじめっ子

B=いじめっ子 or いじめられっ子

C=いじめられっ子

 

 

教科・クラス・学年など

様々な配慮の形がある。

しかし合理的配慮を

ひとくくりにされると

CはAかBのどちらかに属さなければならない。

 

それぞれが描くAとBの大きさ。

 

 

排他的な

閉鎖的な

独占的な

専用の

そんな現状

 

ま、いいか 

  

それで現状の教育を変えられるのだろうか。

 

 

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包括するインクルーシブ教育システム

 

子どもたちは区分された。

それを包括するD。

学校や先生だろう。

これまでと同じ構図。

何が変わったのだろうか?

 

 

A=障がいがない子

B=疑わしい子

C=障がいを持った子

 

 

A=普通級

B=支援級

C=特別支援

 

Dが包括。

 

AはBとCを包み込む。

 

構図は出来上がっている。

 

 

 

制度は後回しのツケ

 

https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/giji/__icsFiles/afieldfile/2012/06/26/1321665_2.pdf

文科省 参考資料5:諸外国のインクルーシブ教育システムより引用

 

イタリア・フランス・イタリアについて書かれている。

 

私的に素晴らしいと感じたイタリアの教育システム。

 

 

イタリアでは、障害がある子どものみを対象とした学校は廃止され、幼稚園から大学まで、障害の有無にかかわらず、通常の学校に就学することになっています。

 

イタリアの小中学校の学級の児童生徒定数は 25 名が標準となっていますが、障害のある子どもが在籍している学級の定員は 20 名に減ぜられることになっています。
併せて、支援教師が加配されることになります。また、従来から小学校低学年は複数担任制となっていますので、さらに手厚い対応が可能となります。

 

 

 

 

この定数の変更だけでも

かなりの効果があるはず。

 

日本では諸外国の良いとこ取り

もしくは段階的に実施。

(意味があるかは別)

 

 

各省庁・地域・民間企業・支援センターなどが学校教育について連携

 

ヨーロッパでは2000年~2010年までに

インクルーシブの格子を完成させている。

 

また、近年、学習障害に対する対応にも力が入れられるようになってきています。2010 年 10 月に、学習障害のある子どものための法律が制定され、学習障害を知的障害と区別して学校教育を保障することが規定されました。この法律では、学習障害の様態が具体的に定義されています。その上で、そうした学習障害のある子どもに対して、通常の学校で教育を受ける権利を保障すること、学校教育において支援や潜在能力を引き出す指導を適切に行うこと、対人関係等の困難を減ずること、教育のニーズに応じた評価等を行うこと、教師や保護者が学習障害に対して適切な理解をすること、早期の診断、判定、支援のために家族・学校・保健機関の連携強化を図ること、社会や就労の場での能力発展の機会均等を確保することなどについて記されています。

 

 

イタリアではここまでまとめ上げた。

日本は制度の前に区別できる場所を用意。 

それが特別支援学校だ。

 

設備は諸外国を見ても引けを取らない。

しかしながら教育理念に対してはどうだろう。

 

指導に際しては、障害のある子どもを疎外したり、障害のある子どもに優越感を抱いたりする心情が他の児童生徒たちに芽生えないような働きかけをしていくことが求められています。

 

先生ひとりひとりが

念頭にある考えならば

いじめなど起こらないはず。

 

諸外国では、

 

いじめは犯罪

小学生でも前科がつく

 

加害者の親に罰金

 

教師へいじめの通報義務

 

など厳しい法律を包含し

インクルーシブ教育システムを作り上げている。

 

イギリスの学校の約9割に防犯カメラが設置

 

日本の事なかれ主義とは土台が違う。

 

諸外国の良い面だけを

参考にしているのだろうが

丸投げする感が見え隠れ。

 

日本でもあと10年は様子見だろう。

 

 

包み込むように

 

現状のインクルーシブ教育システムは

 

その場(学校)にいることで

配慮を必要とする方の申告を受け

(誰が見ても必要だと判断すれば)

見える配慮を受けることができる 

 

 

合理的配慮の根底は何だろうか。

 

いじめなどで不登校

学校外野で不登校

場面緘黙(かんもく)で不登校

 

そういった子たちは含んでいない。

 

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A=社会・国・法律

B=学校・企業など

 

共生社会

 

学校でみんなが安心して学び

その中で配慮の形を探していく 

 

これが国連の定める

障がい者の権利に関する条約の格子。

 

www.mofa.go.jp

 

たかが不登校

今は学校へ行ってるのなら

 

笑われるかもしれないが

障がいの度合いにかかわらず

心の傷を負った子どもでも

同じ場所で学ぶことを目的としているはず。

 

 

すべての方々の解釈は

違うかもしれない。

制度自体は劇的に

変化するはずもなく

指標通りになるだろう。

 

日本は区分けし過ぎた。

それを取り払うでもなく

そのまま包括しただけ。

 

なぜ合理的配慮が必要なのか

 

ひとりを助ければ

ひとりは助からない

 

社会に出てからの予行演習ならば

これからも泣き寝入りしなければならない。

我慢はもう慣れてしまった。

 

日本ではまだ始まったばかり。

あと10年は必要だろう。

 

 

 

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