こじんてきしゅかん

育児、教育、ゲームなど日々を雑多に、へー、ふーん、くすっ、とするようなブログを目指しています。

不登校の原因は親の先入観。きっかけを探すより大事なことは学校を休ませて一緒に家事をしよう。

2019.9

 

学校に行くのは普通のこと。

普通のことができないから劣っている。

 

自分は学校を休んだことはない。

親に言われた通り育てれば良いはず。

 

他の家庭との比較が容易になった昨今、

ある一面だけを切り取っただけで理解をする

そんな方々も増えているのではないでしょうか。

 

一緒にいて楽しいこと、しましょうよ。

 

もくじ

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勉強だけならどこでもできる

 

学校へ行きたくない

 

特に解決策は無いが、

後に相談して、ひとつ決めたことは

自宅学習はさせない

(宿題は気が向いたら)

 

恐らく、

学校は授業中だから勉強すること

そう約束される方もいるでしょう。

うちも始めはそうだった。

 

しかし、奥さんにしても家事等があり

ずっと様子を見るわけにもいかないわけで。

それを聞いてふと、

 

家で勉強をする=学校を思い出す

 

そんなことを思った。

捉え方の違いだろうが、

 

小学校の勉強ならしなくてもいいだろう

 

うちで出した結論。

 

 

うちでの過ごし方

 

 

テレビ・ゲームは誰かが帰ってくるまで禁止

 

午前中

掃除・洗濯・お風呂掃除などを

(操作等)任せながらも一緒にする

 

お昼

ご飯を作る工程をどこかお願いする

 

午後

行けるようであれば、学校近くのスーパーに買い物

(ほかの児童に見てもらいたい)

行けないようなら図書館や公園で外の空気を吸う

 

誰かが帰ってきたら、学校からのお便りに目を通し

みんなで宿題をした後、テレビかゲームで遊ぶ

 

夕方

洗濯物取り込み・たたみ、お風呂を入れる

夕ご飯の準備を手伝う

 

家事がそこそこできるなら

生活には困らないだろう 

 

 

考え方の変化は親のほう

 

学校へ行きたくないー

 

動機は何であれ本心から出た言葉。

これを信じないでどうするのか。

 

ストローを使えるようになって

かまり立ちをして

お着替えできるようになって

 

怒鳴ってから後悔する每日。

できることに慣れてしまい

喜びの感情が麻痺している。

 

子どもの努力は見えるところでしか判断していなかった

できないときには背中を押さずに支えていたはずなのにー

 

 

一般論やどこかで見聞きした情報で

納得させるべきではないはず。

 

うちはうち・よそはよそ

 

こういったときに使う言葉

 

大きくなることに不安を感じている

 

自分の親からは先生が嫌だろうと

いじめられようと、学校へ行けと言われた。

但し、勉強はしなくても良い。

この教えだけは、子どもたちにも言えたこと。

 

しかし、不登校の対応は正直分からない。

自分の親と同じことを言ったところで

効果が無いことは分かる。

時代が違いすぎるからだ。

 

対応の差がありすぎて先生も信頼できない。

 

長男は、かん黙によるいじめ

次女は、いじめに巻き込まれて、

 

どちらも小学校1年生のときだったが、

先生に対応を求めたところで

まだ学校に慣れていない子どものやること

今まではそれで良かったかもしれないが

それを手助けするのが先生の仕事のはず。

 

長期で2,3週間だが、

年間ではかなり休んでいる。

 

たったそれだけ・・・

 

そう思うかもしれないが、

親として何もできない心苦しさは

分かるつもりでいる。

 

意地であり誇りであり、そして恐怖であり。

成長段階で自分を学び、考えているのだろう。 

 

最終的には他人の助言ではなく、

本人の意思で学校へ行くことを決めなければならない。

 

思いを子どもに伝えることは必要だ。

それは大人ではなく親としての言葉でなければならない。

 

見知らぬ誰かとではなく、

夫婦・子どもとしっかり話をする。

焦って答えを出してもそれは本心ではないから。

 

言葉が出ないようであれば

怒りたくなるようであれば

一緒に家事をして、昔話でもしてみましょうよ。

 

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