こじんてきしゅかん

育児、教育、ゲームなど日々を雑多に、へー、ふーん、くすっ、とするようなブログを目指しています。

ズル休み・登校拒否・不登校・病欠は長期欠席になれば分類は同じ。ケアが必要なのは子ども・先生どちらも同じ。

2019.12

 

不登校、悪いことだろうか?

 

子どものときは挫折を味わうもの。

何事も経験だと言われた。

 

可愛い子には旅をさせろ

若いうちの苦労は買ってでもしろ 

 

各家庭の事情はあるだろう。

 

学校は病院でもないし

先生は医者でもない

 

学校へ行かなくても 

親として特に怒る理由は無いはずだ。

 

 

 

 

もくじ

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不登校ではなく在宅ワーク 

 

小学校のとき帰省先の元旦、

車にはねられ足を骨折。

新学期早々に学校を休んだ。

 

そのとき先生から

ズル休みをするなと言われた。

それ以来、

先生はそんなイメージしかない。

 

ズル休み=不登校=登校拒否

 

例え病気・怪我であろうと

長期で休むとなれば、

分類は同じことらしい。

 

学校へ行きたくない

学校へ行かない

学校へ行きたいけど行けない

 

本人の意思(事情) ≠ 学校の責任

 

体調不良

勉強が分からない

(特定教科が嫌)

友だち・先生が嫌

(いじめ等)

登下校などが不安 

トイレなどの不安

 

我が子への不安は

学校への不満へと変わる

 

勉強が遅れる

みんな学校へ行っている

大人になって困る

 

家から放り出し無理矢理に登校させる。

しかし途中で引き返し、

泣きながら帰ってきたこともあった。

 

泣きたくなるのはこっちの方

他の子は学校へ行っている

どうして普通のことができないんだ 

 

性格の問題もあるだろう

長女はトイレ不安

次女はトイレ・登下校不安

友だち・先生への不満

幼稚園から小学校低学年の間は

週に1日以上は休み、

長いときで1週間は休んでいた。

 

そして一番の心配を重ねた長男。

緘黙(かんもく)の件もあり、

ほぼすべてが当てはまる。

 

(親に心配をかけまいと)

無理して幼稚園(小学校)へ行き

心折れて2,3日休む。

やはり幼稚園から小学校低学年の間。

 

自分の考えを整理して

親に話してくれれば問題ない。

しかし、うちでは無理だった。

 

何かしらの恐怖と戦っている。

休んだ日でも、何かしら考えているはず。

その答えを一緒に探すことはできないが

それを尊重してあげるべきだろう。

 

無理矢理学校へ行かせた日、

もしも学校へ行かず何かあったら・・・。

 

不登校ではない。在宅ワーク

 

 

 

 

 

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多様化する要求

 

かれこれ10年以上もの間、

PTAなどを含め小学校に携わっているが、

学校の希薄さが際立ってきている。

 

悪いというわけではなく、

各家庭とのパワーバランスが

崩れてそう見えているのだろう。

 

SNSの増加とともに、

学校での不祥事が目立つようになった。

元々起こっていた事も可視化され

同調を呼ぶようになる。

 

あの子だけ

あの学校だけ

 

嘘か本当か分からない情報に踊らされ

前例ができるまで要求を繰り返し

前例ができればエスカレートして行く。

 

より良い学校づくりから

我が子が通い易い学校づくりへと変わって行く。

 

子どものためにー

そう思うのは学校側も同じなのだが、

隠蔽・事なかれ主義

新しいこと、責任を負うことを嫌う。

 

 

 

乱発する要望書

 

不審者が出れば近隣のパトロールを要望

休日登校の禁止

夏休みのクラブ・プールの見直し

運動会のテント設置

等々

 

多い気はするが、要望書にサインを求められれば

喜んでサインをする。

 

再現ドラマなどでしか見たこと無かった

女性担任の先生の産休を

要望書を出して取りやめてもらおう。

 

サインはしなかったが、

そんな場面に出くわすとは、

夢にも思っていなかった。

 

もし個人に対して要望書を出せるのならば、 

 

子どもにちょっかいを出させないで欲しい

 

いじめっ子に対して出したい。

うちで望むのはこれだけ。

 

不登校になるのは誰のせいだ?

 

しかし、残念ながら色々な規約があり

個人での要望書は出せないようになっている。

(起案は個人だと思うのだが) 

 

 

 

友だちは必要なのか?

 

友だち100人できるかなー

 

その付き合いが一生続くかもしれないし

不登校の元になるかもしれない。

 

好かれなくても良い

最低限の付き合いで十分

 

勝手にそう思っているだけかもしれないが、

友だちは自分で見つけるだろう。

強制的に作られた友だちは必要ない。

 

隣の席・班・クラスだから仲良くしましょう

 

言うだけでその他のケアはしない。

 

今は多様な子どもたちがいる。

特別支援教室を含め、

新たな学校形態を模索しているが

専門家の人たちの手助けが必要だ。

しかし、

高いだけの教本、映像教材を購入し

それぞれ学校の先生に勉強させる。

そんな暇があるのだろうか? 

 

すべての先生がそうとは言わないが、

いじめる子ども

不登校の子ども 

どちらに対しても平等に扱う。

そんな考えを押し付けるだけでは

友だち関係が成り立つはずが無い。

 

 

急がれる特別教室の設置

 

何のために学校へ行くのかと聞かれれば、

 

行かなくてはならないからだ

 

都内に限っては特別支援学校が

素晴らしく充実している。

恐らく、公立の小学校などで

特別教室が完全設置されることは

難しいのではないかと思う。

 

デリケートな問題だと重々承知だが、

数校に特別教室の完全設置と越境通学

これは早急に実現してもらいたい。

 

誰かがいなければ、学校で勉強できるかもしれない。

それは家で学習するのと同じかもしれないが、

学校へ行くだけで自信になるかもしれない。

 

子どものきっかけは分からない。

できることなら手助けしたいのが親心。

その可能性が学校にあるかもしれないのなら、

ひとりでも学校で勉強させてあげたいのだ。

 

 

 

 

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これからは先生のケアも必要

 

そんなことは関係ないと言われるだろうが、

まずは不登校と言う名称を変えたい。

名称の変更、役所の方々はお得意はなず。

普通に在宅児童(生徒)でも良いような気もする。

 

うちでは数年後に小学校は卒業する。

しかし中学校・高校と不登校の問題はあるだろう。

勉強であれば塾でもできる。

 

昔よく言われていた、

 

やりたいことを探すために大学へ行く

 

それが今の小学校ではないだろうか。

 

ただ我慢をさせるため

ただ危険にさらすため

 

親として子どもを守りたい。

だから学校に対して厳しく当るのも理解できる。

しかし、学校・先生ではどうしようもない。

 

子どもたちの小学校で、

真摯に取り組んでくれる先生は皆無だ。

この先生方は他の学校へ行っても

同じ指導方法だろう。

 

対策が無ければ繰り返すだけ。

教育は変わって行くが、

子どもへの対応は数十年前から変わっていない。

 

いや、変わっているのかもしれないが、

その対応は先生よって大きく違う。

 

市区町村の長、

現場の先生の話を直接聞いてください。

何かあってからではなく、

現状をもっと理解すべきです。

 

先生に対しての環境づくりも必要。

 

信頼関係、綺麗ごとだろう。

 

先生がいるから学校へ行こう!

 

そう思う子どもが増えれば

もっと学校は楽しくなるはずだ。

 

 

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