こじんてきしゅかん

育児、教育、ゲームなど日々を雑多に、へー、ふーん、くすっ、とするようなブログを目指しています。

緘黙に限らずラッキーだったと言われたら、症例って関係ないわけで

 

 

場面緘黙

様々な症例や体験談。

見るほどに希望を持つことは難しいと思いました。

 

しかし、

何気ないきっかけの欠片を集めるのは、

自分でも出来るのではないでしょうか?

 

 

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物で釣る、すでに動機が不順です。

例えば、DSを持っていないという劣等感、

ゲームの話をするきっかけのひとつとして

交流が生まれるかもしれません。

 

漫画、アニメ、ドラマ、趣味もそうですが、

手札があるに越したことはないと思います。

それがスマホとか、あるいはお金になったら?

学校で嫌なことあっても

家に帰ればゲームができる。

じゃぁ、学校行かないよ、

となるかもしれない諸刃の剣。

判断は難しいところです。

 

 

「次女も不安だろうし、気持ちは分かるはず。

お互い一緒にいれば何かできることがあるかもしれない」

 

次女が入学して息子に頼んでみました。

少なからず兄の威厳、

やる気が出たのかもしれません。

近所に同級生がいれば

もっと心強かったと思います。

 

そこは安全な場所、

と言う認識を作ってあげることが

必要だと思いますが、理解するのは本人。

現状では先生に頼るしか無いと思います。

 

 

息子が3年のとき(もっと前からかもしれませんが)

視力検査で引っかかってメガネを買いました。

新たに、メガネをかけるようになる劣等感があったのかもしれません。

授業中はたまに、もしくは席が後ろになったとき、

・・・学校でもほとんどかけてなかったようです。

「たまにメガネをかけると、何か言われるかもしれない。

メガネかける姿を見慣れればそれまでだよ」

しぶしぶ?4年になってからは、

ほぼ1日中かけるようになりました。

(この辺りから事態は好転しています)

恐らく、

視力が落ちる、友だちの顔も見づらくなる、表情を伺えない。

それで余計に周りを気にしてしまう。

黒板が見えない、でも誰にも聞けない。

テストの点が悪くなる、学校に行きたくない・・・。

 

メガネをかけて色んなものが見える>メガネをかける劣等感

 

メガネをかけることで、

また何か言われるんじゃないかと言う恐怖感、

それでもかけた方が良いと気づいた。

見え方が変われば、下を向いてではなく、

少しでも前を向けるようになる。

何かできるようになれば、気分も変わると思います。

 

しょーもない、と思う方もいるかもしれません。 

なぜ学校でしゃべれないか分からない

を、自分の感覚に置き換えて、

説明することができるでしょうか?

 

海外では一般的、研究されているからと言って、

その文献が、そもそも日本の風土、性格に

そのまま採用できるのか?

 

「みんなの前で発表させれば、慣れていくだろう」

 

ふわっとした考えもありかもしれませんが、

むしろ遠まわしに、

それは甘え、甘やかしすぎじゃないの?

とよく言われました。

でも、子どもが甘えて何が悪い?

 

いわゆる専門機関は経過が必要なのでしょう。

昨今のネットワーク、繋がることの重要性もありますが

繋がっているからこその、危険性もあると感じています。

 

「そういう症例は聞いたこと無いですね」

 

素人とプロの差って何でしょうか?

そもそも、当事者の家族の方がプロなのでは?

ラッキー、大歓迎。

(あらゆる先生たち)まず固定概念を捨ててから、

一緒に考えていただきたいな、と思います。

 

 

 

 

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