こじんてきしゅかん

育児、教育、ゲームなど日々を雑多に、へー、ふーん、くすっ、とするようなブログを目指しています。

緘黙(かんもく)って知ってますか?20(※うちの場合)

ただしゃべるだけ

ただ逆上がりするだけ

ただ100点取るだけ

 

親が求める、-だけ。

自分が出来たから、自分が出来なかったから。

それぞれの尺度、見方が違えば縮尺も違うものです。

 

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3年生、クラス替え成功しました。

関連した子たちとは別のクラスに。

ただ、事情を知っていた子たちとも別れたため、

また元通りになったら・・・と言う不安はありました。

しかし、学校側の配慮があったと思いますが、

担任は支援学級を見ている男の先生となりました。

何度か相談しているので、事情を知っています。

良い風が吹いてきました。

 

仕事をこなしてからの忙しい最中、 

ほぼ日刊の学級プリントを作ってくれていました。

大体は週間とか、月間目標のついでとか。

見る人によっては、たいしたこと無いかもしれません。

簡単にクラスの様子を書いたプリントです。

そんなの作る暇があったら、他にすることあるでしょ?

と言う人もいたかもしれませんが、

こういった配慮がとても嬉しかったです。

 

 

男の子の転入生が来ました。

息子と同じ班になりました。

その子と大の仲良しになりました。

 

 先見の明があったのでしょうか?

それ以降、隣接する席になりずっと同じ班に。

その子も不安だったかもしれませんが、

その子とはしゃべれるようになり、

その子がいれば、他の友だちとしゃべるようになり、

みんなの前でも、先生と一緒に日直も出来るようになり。

 

ひとりはみんなのために、みんなはひとりのためにー

劇団四季ユタと不思議な仲間たちより)

 

それを実践しているように感じました。

残念ながらその先生は異動してしまい、

4年になると、新卒の男の先生が担任となりました。

特別支援の観点からのクラス作りだったのでしょうか?

クラスとしての下地は出来上がっていたようで、

新任の先生が情熱的に完成させて行ったように思います。

 

 

「明日の学校公開は絶対来てね!」

 

算数、先生の問題に手を上げる。 

国語、みんなの前で教科書を読み上げる。

休み時間、

「頑張ったでしょ!」

自分に言ってから、友だちと一緒にトイレに行く。

普通のことです。誰もがやってることです。

 

学芸会、

希望して司会の役になりました。

大勢の観客の前で、ひとりでセリフを言います。

若干目は泳いでいましたが、

間違えることなく発表できました。もう涙涙です。

 

 

それから5年、クラス替え。

大の仲良しの子とは離れ離れ。

いじめっ子より更に悪名高い子がいたらしく、

その子と一緒になったとか・・・。

今のところは大丈夫ですが、

いつまたとばっちりを受けるか心配です。

 

 

恐らく、お世話になった養護の先生は、

どこの学校に行っても、

「あの子は緘黙なのかなぁ・・・」

と考えるでしょう。

やはり先生の経験上の話であって、

それこそ、緘黙です、って言っておかないと

理解してもらえない部分もあると思います。

 

緘黙の子はいじめのきっかけになりやすい。

常々実感しています。

学校でしゃべれないからと、

事情も一方にしか聞いてない場合、

先生も勘違いしてるかもしれません。

これも経験上の話、となってしまいますから。

 

全面的に協力して欲しい、とは言いません。

なるべくそっとして欲しい。

できればそれを、クラスの約束事にして欲しい。

できれば、問いかけを投げるのではなく、

Yes、Noで答えられる問いかけにして欲しい。

これが最低限だと思います。

 

 

 

 

うちでは、ちょっかい出してた子の一件が終わって、

学校での出来事を聞くのを止めました。

自分から話してくる事にはちゃんと聞いています。

聞いて欲しいことは話すし、

言いたくないことは言わないし、

子どもってそんなものでしょう。自分もそうだったし。

 

気になったことは、子どもに確認、相談して連絡帳に書く。

何となくでも、家族の決め事などをしてた方が、

お互いに労力を使わなくていいのかなと。

 

あれから6年以上経ち、

端折らざるを得ないところもあったりと

ざっとになりましたが、現在進行形です。

 

※うちの場合

でした。