こじんてきしゅかん

育児、教育、ゲームなど日々を雑多に、へー、ふーん、くすっ、とするようなブログを目指しています。

緘黙(かんもく)って知ってますか?19(※うちの場合)

昨日の敵は今日の友、を無理矢理押し付けられて、

事なかれ主義を貫き通せるのなら、

それもまた教育のスタイルだとは思います。

 

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ちょっかい出してた子のママさんから電話がありました。

「担任の先生から聞きまして・・・」

・・・いや教えるなよ。

 

その節はすみません、今回のことでは一緒に遊んでもらって

非常に感謝してます、とお礼から始まり

登校拒否になっていたこと、

本人同士の話し合いでも、いじめが止まらないこと。

因果応報ですが、聞くしかないわけで。

その節の疑いありで、いじめっ子両親と校長が

話し合いをしたけど、この辺の問題は

非常にグレーゾーンになるので、

勘弁してくれないか、みたいなことを言われたと。

???

 

「いじめっ子くん、今日も校長室連れて行かれてたよ」

 

両親が望むこと、学校が望むことはあるでしょうが、

手を出された子のことを一番に考えないといけないのに、

みんなで握手して、めでたしめでたし、

みたいなことを考えているように思います。

 

もしくは、崩壊するまで見守るつもりでしょうか。

両者の親同士の解決とかではなく、

学校仲介のもと、話し合いをする伝言ゲームみたいなもの。

(この辺に関しても、連絡帳をメモ代わりとしておけば、

後々役に立つかもしれません)

先延ばしにして様子を伺い、あわよくば本人の更生を待つ、

言わなければ(知らなければ)何もしないの?

それって息子と同じ対処の仕方なの?

それは違うでしょ。被害者が増えるかもしれないのに。

 

 

幼稚園、うんどうかい、全員でのリレー、

車椅子の園児のラストランには盛大な拍手。

小学校、かけっこ、車椅子の児童、盛大な拍手。

あとは・・・。

 

特別支援については賛否ありますので

結論を出すことは難しいです。

誰の意思がどこにあるか、これに尽きると思いますが、

それでも言うならば、 緘黙と多動は違います。

 

支援の希望を出すのは両親です。

支援を受けさせる決定をするのは行政ですが、

それを受け入れるのは学校ですし、

支援を受け入れる決定をするのは両親です。

 

問題がある子、と言う面では一緒かもしれませんが、

扱い方は全く違うと思います。

また、多動に関しても症状は同じでないので、

これもまた対応の仕方も違うのです。

 

 

1人目の出産

「小さく産んで母体の負担を軽減しましょう」

2人目の出産

「大きく産んだ方が赤ちゃんも安心できますので」

3人目の出産

「自然と降りてくるのを待ちましょう。何とかなるさ」

 

産む場所、時代が違うと、先生の言うことにも差がありました。

教育に関しても、カリキュラムだけが変わる一方、

子どもとの接し方、ただ体罰がダメと言う風潮、

緘黙、多動などの対応マニュアルが出来たところで、

今度は、それを枠にはめる照合作業は任されるわけで。

 

普通の枠にはめる方が手間が無い。

結論で言うと、多分、その子がいなければいい

そうなるはずです。